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大阪地方裁判所 昭和47年(行ウ)75号 決定

原告

岡平蔵

外六名

被告

税理士試験委員

税理士試験委員委員長

北島無雄

主文

被告らの移送申立を却下する。

理由

一被告らの申立の理由

1  本件訴訟は大阪地方裁判所の管轄に属しない。

本件は、原告七名の被告税理士試験委員に対する特別な税理士試験の差止請求(以下第一の請求という)、被告税理士試験委員委員長に対する同試験実施公告の取消請求(第二の請求という)および被告国に対する損害賠償請求(第三の請求という)を併合したものであるが、被告税理士試験委員および同委員長の所在地は東京都千代田区である。そして、右試験の実施に関し行政事件訴訟法一二条三項にいう事案の処理に当たる下級行政機関に該当するものはない(試験委員の庶務は国税庁長官官房においてつかさどり、その一部が各国税局人事課に分掌せしめられているが、その一部が各国税局人事課に分掌せしめられているが、その内容は、願書の受付、試験場の設営、試験委員から送付を受けた問題による試験の施行等、試験委員の指示にもとづいて行なう単純な事務にすぎず、試験の実施要領の決定、試験問題の作成、採点および合否判定等は、試験委員が直接に行なつているものである。もつとも、大阪国税局総務部長、直税部長が試験委員に任命されて右試験に関与したことはあるが、部長としての職務上当然に任命されるのではない。したがつて、これらはいずれも事案の処理に当たる下級行政機関ではない)。したがつて、右第一および第二の請求にかかる訴は、東京地方裁判所の管轄に属する。第三の損害賠償請求は、関連請求としてこれを右第一、第二の請求に併合することはできるが、この場合には、同種の訴訟手続によることを前提としている民事訴訟法二一条の併合請求の管轄に関する規定は適用されず、関連請求たる損害賠償請求訴訟の管轄は行政事件訴訟の管轄に従属すべきものである。

そうすると、本件につき大阪地方裁判所は管轄を有しないことになるから、これを東京地方裁判所へ移送すべきである。

2  かりにこれが理由がないとしても、裁量移送を求める。

特別な税理士試験は、東京都千代田区霞ケ関の国税庁におかれた税理士試験委員が実施し、その庶務は国税庁長官官房においてつかさどつている関係上、本訴の主たる争点である特別な税理士試験の違法性の判断のために必要な同試験の沿革、内容等の審理に当つて、証拠方法となることが予想される人証、書証等はほとんどすべて東京にある。他方、原告らが第三の請求において主張する損害は、ひとり近畿地方在住の原告らのみに発生するものではなく、全国の税理士に共通する性質のものであるから、東京に存在する証拠方法による審理も可能である。

行政事件訴訟法一二条一項が取消訴訟の裁判管轄を行政庁所在地としたのは、公益的見地から行政庁の応訴を容易にするとともに、公益に影響するところの大きい行政処分の確定を矛盾なく迅速適正に行なうには、証拠方法等の存在する行政庁所在地の裁判所で審理するのが適切であるとの配慮に出たものである。

この趣旨は、同法一三条、一七条が取消訴訟と関連する請求にかかる訴訟を取消訴訟と同一の裁判所で審理できるとしていることにもあらわれている。本件における訴訟の遅滞と被告行政庁側に存する著しい損害を避けるためには、本訴を東京地方裁判所へ移送するのが相当である。

二当裁判所の判断

1  管轄違による移送の申立について

本件訴訟のうち、第一および第二の請求に関する部分は行政事件訴訟であるから、行政事件訴訟法一二条三項の特別管轄はさておき、同条一項の一般管轄に関するかぎり、これが被告行政庁所在地の裁判所である東京地方裁判所の管轄に属することは明らかである。他方、第三の損害賠償請求に関する部分は通常の民事訴訟であり、原告家間勇吉は大阪府下に住所を有し、同原告については右住所が義務履行地となるところ、同原告の右請求と、その余の原告らの主張する損害賠償請求権は同一の原因事実にもとづくものであるから、第三の請求に関しては、民事訴訟法五条、二一条により、原告ら全員につき大阪地方裁判所が管轄権を有することになる。そして右第三の請求は第一、第二の請求とは行政事件訴訟法一三条一号の関連請求の関係になるので、併合請求が可能であり、この場合にも管轄については民事訴訟法二一条が準用され、そのいずれか一方の請求について管轄権を有する裁判所に対し全部の請求について訴え提起することができ、結局本件訴訟は第一ないし第三の請求を通じ大阪地方裁判所に管轄権が生ずることとなる。

被告らは、行政事件訴訟法一七条により異種の訴訟手続に属する事件が併合提起される場合には、民事訴訟法二一条によることはできず、損害賠償請求等の通常訴訟は行政事件訴訟の管轄に従属すべきであると主張するが、そのように解しなければならない理由はない。行政事件訴訟法七条は、行政事件訴訟が民事訴訟と基本的に性格を異にするため、行政事件訴訟手続に民事訴訟法が当然には適用されないことを前提にしたうえで、行政事件訴訟の性質に反しないかぎり民事訴訟法規を準用することを定めているのであつて、行政事件訴訟法が行政事件に損害賠償請求事件を関連事件として併合提起できることを承認しながら、その管轄については特段の定めをおいていない以上、民事訴訟法二一条を準用することは必要不可欠であり、旧行政事件訴訟特例法とちがつて、行政事件訴訟について国民の権利救済を容易にするため専属管轄の定めを廃止した行政事件訴訟法のもとでは、これが行政事件訴訟の性質に反するとは考えられない。

行政事件訴訟法一三条は、関連請求にかかる訴を取消訴訟の係属する裁判所の方へ移送することを認めているが、これは両者それぞれ別個の裁判所に係属している場合に関する規定であつて、はじめから共同訴訟として提起される場合にまで両者に主従の関係を認め、専ら行政事件訴訟の管轄に従うものと解すべきではない。もつとも、原告が行政訴訟事件の管轄違背をことさら回避する目的で、損害賠償請求を併合提起したというような特別な事情がある場合には、民事訴訟法二一条を濫用するものとして、行政事件の併合管轄を認めがたいこともあると考えられるけれども、本件においては右のような特別の事情が存することを認めることができない。

被告らの管轄違の主張は理由がない。

2  裁量移送の申立について

訴状における原告らの主張にかんがみると、本件訴訟の本案の争点は特別な税理士試験の違法性の点であり、右争点を判断する場合には、右試験の沿革、内容、実態等の審理が必要であると考えられる。そして、右試験が国税庁におかれた被告税理士試験委員によつて実施され、その庶務は国税庁長官官房がつかさどつていることからすれば、証示方法となることの予想される人証、書証の多くが東京にあることは、被告らの主張するとおりであろうと考えられる。他面、原告らは、右試験による弊害の顕著にあらわれた事例が大阪地方に存すること、これによる原告ら税理士に対する名誉毀損、業務妨害等の事実が関西を中心に生じてきていることを強調し、これらの立証を通じて原告らの権利利益に対する侵害を明らかにしようとする構えを見せ、大阪地方裁判所での審理を強く望んでいるのであつて、訴訟追行の便宜についての両者の利害は、当然のことながら互いに対立している。しかしながら、被告である国および行政庁側は大阪にも訴訟防禦のための人的物的施設をそなえており、訴訟追行上の経済的負担もあまり考慮する必要はないので、被告にその意味での著しい損害が生ずるとはいえず、また前記の事情のもとでは、移送すると否とで訴訟審理の遅速にさほどの差異が生ずるとも認めがたい。

行政事件訴訟は行政権の行使の適否を判断するもので、公益に少なからぬ影響をもち、とくに本件訴訟は、その訴旨に照らし、これが迅速適正にかつ矛盾なく裁判されるべき要請は大きいが、それゆえに行政庁側の便宜のみを強調することは許されず、権利救済を求める側の利益も十分に斟酌すべきであり、現段階においては裁量移送を可とする理由は見出せない。

3  よつて、被告らの移送申立はいずれも理由がないものとしてこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

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